広島大学名誉教授 難波紘二先生

☆「瀬戸内グループ」による病腎移植成績の予備解析結果について

 35例中解析に耐えるデータのある32例について予備解析をKaplan−Meier法で行い、レシピエントの生存率を算定してみました。

比較対象としては、83年〜91年に実施された生体腎移植(N−3622)、同じく献腎移植(N−1478)の生存率を使用しました。比較データの出所は「日本腎移植臨床研究会、日本移植学会:腎移植臨床登録集計報告 2003年追跡調査」日本移植学会雑誌40(4):2005:358−368のP362掲載の図1と2です。
結果は、一言で言うと、「病腎移植の成績は、生体腎移植の成績よりは悪く、献腎移植の成績よりは良い」といえると思います。

以下、その数値を掲示します。

  1年 5年 10年
生体腎移植生存率 91.7% 75.2% 55.6%
病腎移植生存率 90.4% 78.9% 44.4%
献腎(死体腎)移植生存率 79.0% 59.2% 32.3%

83〜91年を対象として選んだのは、、

  @この時期からサイクロスポリンの本格的使用が始まったこと。

  A10年生存率の計算をする必要があるため。     です。

この予備データから、
  @病腎移植を医学的に間違った医療だと否定することは出来ない。

  A「瀬戸内グループ」だけの症例数はまだ少なく、全国で散発的に行われている腎動脈瘤や尿管狭窄などのデータを登録集計して、より大がかりな臨床検査を行う必要がある。

  という結論が医学的に導き出されます。

なお、腎癌、尿道癌を用いた症例は15例ありますが、レシピエントにおける癌の再発・転移は1例もありません。ただし、レシピエントが肺ガン(SCC)と咽頭の悪性リンパ腫で死亡した例が各一例あります。腎移植の合併癌としてもっとも多い肝癌の発生は認められていません。

☆宇和島事件で気づいたこと

 いわゆる「瀬戸内グループ」が実施した「病腎移植」の詳細なデータはいまだに明らかでないが、ドナー側にもレシピエント側にも「被害者」がいないので、これを糾弾するのは法的にも倫理的にも無理である。移植学会の大島伸一氏は、今日の読売で、「1981年に、無脳児から両側腎臓を摘出して、慢性腎不全の8歳女児に移植したが、女児は2.5ヶ月後に拒絶反応で死んだ。それを学会や論文で発表したら、激しく社会的非難をあびた」と回顧している。無脳児を殺し、助けようとした女児も殺したのだから、非難されて当然だと思う。要は「あつものに懲りて、なますを吹いている」だけの人だと思う。

 医者は人命を助けるのが仕事で、失敗したら非難され、成功したら賞賛されるのが、当然である。医師の「主観的意図」は関係ない。

 私がこの事件に特に興味を持ったのは、異常な過熱報道だけでなく、「移植したネフローゼ腎や、癌を取り除いた腎臓や、下部尿管癌を切除して上部尿管を残して移植した腎臓が、レシピエント体内で原病を再発しない」という事実である。

 病理学の本領が「診断病理」にあると、思っている病理医や病理学者は私から見ると「診断職人」にすぎない。だから、検査技師に所見を書かせて、病理医がサインだけするコマーシャル・ラボが出てくる。

 病理学とは、臨床医学のための基礎理論を提供するのがその本質的使命である。基礎理論があるから、病理診断が可能になるのであり、それを知らずして診断するのは、珍しい虫を見つけて、図鑑を調べて名前を当てる作業と本質的に変わるところがない。そういう病理医が社会的認知を受けようとしても、それは無理と知るべきだろう。

 そこで「なぜ瀬戸内グループの試みは成功したのか」を考えてみる。実は、この点はまだほとんど議論されていない、重要な問題だ。

 まず、ネフローゼのケース。これは一種の自己免疫病で、ドナーの免疫系(B1細胞)が、異常蛋白を過剰産生している。だから、免疫系を抑制するステロイドで、ある程度コントロールできる。この腎臓を、B1細胞系が正常に作動しているレシピエントに移植すれば、自己抗体が産生されない環境下におかれるので、目詰まりした糸球体は、やがて正常に機能するようになる。これが、ネフローゼ腎が移植に成功した、病理学的説明だと考える。

 次に、腎細胞がんのケース。この大部分はかつてhypernephro m aとかGrawitz tu m orとか呼ばれたもので、第3染色体3p25.3に位置するVHLというがん抑制遺伝子の遺伝子異常が関係している。先天的にこれが異常だとvon Hippel-Lindau症候群として、小脳や網膜のhe m angioblaso m aを伴い、家系的に発症する。しかし大部分の症例は散発例で、VHL遺伝子異常は環境因子により蓄積された結果として生じる。臨床的に4c m 以上を悪性として扱い、それ未満を良性として扱うのは、そのためである。

 VHL遺伝子の変化は、腎臓全体に起こっているのであるから、癌を部分摘出して残しても、顕微鏡的病巣が多発している可能性があり、他の部位から癌が再発する可能性は高い。

 しかし、この場合も、まったく環境が異なるレシピエントに移植してやれば、VHL遺伝子の変化はそれ以上進行せず、残っていた微小癌はレシピエントのNatural Killer Cellの攻撃対象となり消滅すると考えられる。なぜなら、拒絶反応を抑えるのに用いられるサイクロスポリンなどの免疫抑制剤は、胸腺由来 T 細胞やB2細胞は抑制するが、NK/ T -Cell系は抑制しないからである。

 尿管の移行上皮癌(urothelial carcino m a)の場合は、第9染色体9p21にあるp16INK4aというがん抑制遺伝子と、第17染色体17p13.1にある別のがん抑制遺伝子p53の異常とが関係している。P53はアポトーシスの誘導スイッチであり、これが壊れないとp16INK4aの異常だけでは発癌しない。すると、この場合も、癌部分を除いた上部尿管をもつ腎臓を、他のレシピエントに移植してやれば、carcinogenesis stepはそこで停止する可能性がある。もちろんレシピエントのNK/ T 細胞システムは正常に作動しているから、ドナー尿管の微小癌は殺してしまうのであろう。

 以上が、今のところ私が考えつくことのできる、「なぜレシピエントに原病が再発しないか?」という疑問に対する理論的説明である。

 免疫病理・移植・泌尿器病理に詳しい若手の反論を期待したい。