移植への理解を求める会 会報第3号
病気腎移植を考える講演会
Part2 2月18日 宇和島
講師は難波先生
署名活動報告も
移植への理解を求める会は、宇和島徳洲会病院副院長の万波誠先生とグループの先生方を支援するため、日本移植学会などが問題視している病気腎移植について、その妥当性を考える講演会Part2を、次の通り、宇和島市で開きます。講師は松山でご講演いただいた広島大学名誉教授の難波紘二先生です。
講演会の後、署名活動の報告会も予定しています。多くの皆さんのご参加をお待ちしています。友人、知人への呼びかけもよろしくお願いします。
病腎移植を考える講演会Prat2〜移植医療を進めるために
と き 2月10日(土)午後2時〜4時
ところ 南予文化会館中ホール(686人収容)
宇和島市中央町2丁目 電話0895(24)6800
※JR宇和島駅から徒歩約7分
講 師 難波
紘二先生(広島大学名誉教授=病理学・生命倫理学)
演 題 「病腎移植は日本の移植推進の切り札」
※病理学の立場から、病気腎移植が国内での腎移植推進に不可欠の治療法であることを、データの分析を踏まえ、解説していただきます。
ゲスト 万波先生 西光雄先生 光畑直喜先生 万波廉介先生(予定)
入場料 無 料
主 催 移植への理解を求める会
連絡先 事務局 河野 和博 電話089−970−3943
その他 送迎バスの運行 希望者があれば、松山―宇和島間は当日、送迎バスを運
行します。JR松山駅を午前11時半に出発。会場到着は午後1時ごろ
の予定です。希望者は15日までに、お名前と乗車場所(JR松山、伊予
卯之町、吉田の各駅前に限る)を事務局までお知らせください。会員以外
の乗車もOKです。
(3〜9ページに難波先生の講演要旨)
署名活動 16日まで延長
署名簿は当日事務局必着
署名活動は、1月末で締め切る予定でしたが、3万人前後と伸び悩んでいるため、、2月16日まで期間を延長します。4万人以上を目指し、皆さんにもうひと踏ん張りをお願いしたいと思います。
署名簿は16日事務局必着でお願いします。→あて先は「〒790-0925 松山市鷹子928−2
河野和博方 移植への理解を求める会事務局」。
講演会参加者は18日会場へ
ただし、宇和島の講演会に参加される方は、18日、会場受付に署名簿を提出していただければけっこうです。よろしくお願いします。
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講演会を決起大会にしよう
移植への理解を求める会
代表 向田 陽二
会員の皆さんには、署名活動への取り組みや、松山での「病気腎移植を考える講演会」への参加など、いろいろとご協力をいただき、まことにありがとうございます。またカンパをお送りいただいている方も少なくありません。心から感謝申し上げます。
移植への理解を求める会は、万波先生とグループの先生方を支援するため、講演会開催と署名運動を中心に活動を進めていますが、署名活動の成果は、今ひとつです。期間を延長しましたので、もうひと押しを、よろしくお願いします。
松山で開いた講演会には、250人の参加者があり、講師の難波紘二先生と藤田士朗先生(米フロリダ大学移植外科医師)が、ともに病気腎移植が日本の移植医療の推進に有望であることを、医学的なデータなどをもとに強調されました。万波先生やグループの先生方を後押しするとともに、患者側にとっても、将来への展望が開ける心強いお話でした。
宇和島での講演会は、松山での講演会参加者から「地元の宇和島でも開いてほしい」という要望などもあって、開催を決めました。ぜひ会場を満員にして盛り上げていただきたいと願っています。
2月24日(土)には、日本移植学会など関係学会が万波先生や病気腎移植への対応を発表する予定となっており、厳しい結果となることも予想されます。それだけに、宇和島での講演会を決起大会と位置付け、私たちの声を結集して、国や学会に強く訴えていきたいと思います。
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松山での「病気腎移植を考える講演会」から
「瀬戸内グループ」はなぜ成功したか
広島大学名誉教授 難波 紘二
ご紹介いただきました難波でございます。私は10年ちょっと前に、東広島市福富町の山の中に広島市内から転居しまして、2年前に大学の定年を迎えたので、それを機に自宅の裏庭に病理研究所を設立いたしました。山の中ですから裏庭といっても広く、母屋から30メートルくらい離れたところに、建坪13坪で内部にはロフトもある、山小屋風の私の研究所があるわけです。
ここを城として、約3万5千冊の蔵書と、これまでの病理医生活で蓄積した膨大な病理標本、付属資料、各種顕微鏡3台、それにLANでつないだパソコン3台と周辺機器を上手く使いながら、「読書・思索・執筆」ざんまいの余生を送るのが私の夢だったわけです。いわば、「遁世の生活」を送り、世の中との煩わしい接触は避けて、たまに著書や講演で接触する、というのが基本方針だったわけです。
私が興味をもっているのは、医学の「病理学」に限定されない、世の中のありとあらゆる「病的現象」つまり異常な現象です。宗教・歴史・政治・経済・教育の分野についても病理現象が生じてくる原因を解明したい。そこで狭い意味の「病理学」と混同されないように、「病理研究所」と命名したわけです。
それで定年後は毎日穏やかな「趣味の研究」を続け、「言語の起源と意識の発生」、「二つの大森貝塚」という論文を二本発表し、900枚の書き下ろし歴史ノンフィクション・ミステリー「誰がアレキサンドロスを殺したのか?」も完成し、来年3月に刊行という予定で、最後の仕上げに入っていたわけです。
T.
私はなぜ発言したのか
ところが、昨06年10月2日の各紙で、日本初の臓器売買事件が宇和島市で摘発されたことが報道されました。国内での臓器売買は、「絶対ある」と前から思っていましたので、別に驚かなかったのですが、問題はそれ以後のメディアの報道論調です。全紙、全テレビ局が同じ論調で、「瀬戸内グループ」あるいは万波バッシングに走った。「悪魔の医師」「両刃のメス」「密室での医療」というような一方的に決めつけた見出しの連続です。
「盗人にも三分の理あり」ということわざがありますが、仮にこのグループが間違った医療をしていたとしても、それにはそれなりの理由があるはずです。まして、万波、光畑、西という医師たちは、医療過誤訴訟を一度も起こされていない。治療してもらった患者はみんな「現代の赤ひげ」だと言っている。仮に移植学会幹部が真っ向から批判していたとしても、どうして一方の非難だけを受け入れて、レミングが集団で断崖へ向けて走るように、日本のメディアが全部同じ論調の報道をして、恥ずかしいと思わないのか? これは一種の「いじめ」じゃないか。
そうすぐ思いましたが、いつまで経ってもそういう少数意見が、メディアに出てこない。自由で民主的な社会というのは、違ったものの見方をする人に意見を発表してもらって、いろいろな考え方を比較して、市民が自分の意見を決めるという原理で動いていくものなのです。私は新聞を丁寧に読んで、「ああ、彼らの発想は廃物利用=リサイクルの思想だ」と思いました。本人には不要な臓器でも、他人には役に立つ、そういう臓器を移植したんだ。
それで愛読している毎日新聞東京本社文化部の知人にメールを送って、「万波医師は、今は悪魔呼ばわりされているけど、この人のやったことは、今にブルーレイ・レーザーを発明した同じ四国の中村修二みたいに、世界中から評価されるようになるよ。そろそろお宅の論調を変えた方がよいのでは…」と指摘しました。ついで、1200字くらいの「病腎移植はまったく新しい発想の移植医療であり、生命倫理的にも医学的にも許される。必要なのは、データの公表とその医学的評価だ」という論旨の論評原稿を送りました。
毎日では、医療問題は「科学環境部」が担当していることをその時初めて知りました。が、この原稿は不採用になりました。その理由は、「難波先生の論理構成は、万波医師のそれと基本的に同じであり、だから採用できない」というのです。
頭にきましたね。私は病理医であり、いわば臨床医の弁護士であり裁判官でもあるのです。口下手な万波医師の主張を、病理学的に組み直し、きちんと理論構成したのですから、それが万波医師の論理構成と基本的に同じになるのは当たり前です。いわば、毎日の科学環境部は、「万波医師は悪人だから、その弁護人の言い分は載せられない」という意味のことを平気で言ってのけたわけです。これは明らかに言論統制です。
医療問題報道を一番得意としている毎日がこれだから、東京に本社がある大メディアは全部ダメだろうと思いました。しかし、少数意見かもしれないが、強力な支持する意見もあることを、何とか世の中に知ってもらわなくてはなりません。そこで、地元の中国新聞にお願いして、11月14日付の文化欄に、毎日がボツにした原稿を掲載してもらいました。
するとすぐに30件くらい、手紙やFAXやメールが来ました。半数は医師からでしたが、「よく言ってくれた」「病腎移植に大賛成」というものばかりで、反対論や嫌がらせのものは一件もなかったのです。
世の中は、誰かが「王様は裸だ」と声を上げると、状況が変わってくることもあるのですね。それ以後、11月の下旬から12月にかけて、同じように「病腎移植を原則容認する」という意見が、岡山大学の粟屋剛教授(生命倫理学:11/24日朝日新聞)、東邦大医学部の相川厚教授(泌尿器科:11/30日東京新聞)、東京女子医大名誉教授太田和夫(日本移植学会前理事長:12/3日中国新聞)、東京大学医科学研究所の中村祐輔教授(ヒトゲノム解析センター長:インターネット上)、脳死臓器移植に詳しい作家の中島みち氏などから表明されるようになり、状況はかなり変化してきたと思います。
U.
「病腎移植」の全貌を解明・解析する
ところで、「病腎移植を支持する」という意見が出やすくなったところで、本来の私の役割は終わったと思っていたのですが、肝腎の当事者のお医者さんたちは、毎日の診療が忙しくて、なかなかそのデータが公表できない。特に、5年以上経過したのでカルテを破棄したという病院もあり、どうにもならない。
で、お人好しの私が、それらのデータの集計と解析を引き受ける羽目になってしまいました。というのも、私は病理医ですから、「たとえカルテが破棄されても、病理記録は永久保存されている」ということをよく知っています。これさえあれば、カルテの再現と患者の予後追跡が可能になるのです。だから「やれる」と思ったわけです。
「患者から離れた、細胞・組織・臓器はすべて病理検査して、病理診断を受ける」というのが、現代医療の原則で、よい病院には必ず専任の病院病理医がいて、その仕事をやっています。全国で1500人くらい、広島県の場合20人くらいの医師がそういう病理医として働いていますが、診療の裏方の仕事なので、社会的認知度は低いですね。
幸い関係した医師や病院の協力があり、病理診断書のコピーを入手して、世の中は「御用納め」となった12月28日から、「病腎移植一覧表」の作成を始めました。最終的に調査対象となった項目は、12項目にわたりました。これを3週間以内に完全に調べ上げようと言うのですから、私もきつかったが、私に要求された項目を調査する方も、涙がでるほどつらかっただろうと思います。でも何とか1月20日の公開講演に間に合わすことができました。まだ5%くらい不備な点があるのですがね。
病理診断書の側(これはドナーの病変についてのものです)から調べ上げた結果、判明した限りでの「病腎移植」は36件あり、うち2件は同じ人に2回実施されているので、患者実数としては24人であることがわかりました。これは市立宇和島病院の発表数より5件多いのですが、あちらは残ったカルテから調べているので、数が食い違うのは調査方法が違うためです。関係した医師の証言によれば、91年の呉共済での移植以前に、市立宇和島で万波医師が行った手術があるということですが、これについては患者名とか手術年月日について、記憶も記録もないので、病理記録の探しようがないのです。
さて、この移植に使われた腎臓ですが、「良性疾患」の場合は、手術で摘出する医学的適応性があれば、移植に使っても問題はありません。現に、移植学会の幹部も、他の大学病院などで腎動脈流や尿管狭窄の腎臓が移植に使用されていることが明らかになってからは、意見を修正し「病腎移植のすべてが悪いのではなく、がんの症例を使うのが悪い」と言っています。
そこでまず14件ある腎臓癌と尿管癌について見ることにしましょう。いずれも病理診断が行われています。
1)がんを移植された症例はどうなったのか?
腎臓癌については、全例直径が4c
次に、尿管癌の6例ですが、このうち5例は3年10ヶ月から10年4ヶ月追跡されていますが、いずれも癌の再発がなく生存中です。興味深いのはこのうち1例は手術時にドナーの肺に小さな転移巣がありましたので、レシピエントに再発・転移が起こっても不思議でないケースですが、ドナーの方はその後肺転移が広がって1年以内に死亡しているのに、移植された方は、その後3年10ヶ月にわたり再発・転移がなく、元気に暮らしていることです。最後の1例では、移植後2年目に尿管に再発が起こり、本人が透析に戻ることを拒否したため、癌部分だけの切除が行われています。ドナーの方は、摘出術から2年以内に死亡していますが、がんの肺転移のためだったかどうかは、不明です。またレシピエントの方には、内科的にはその後「肺癌」が発生し、移植から4年1ヶ月後に死亡していますが、病理解剖が行われておらず、死亡診断書も見つかっていないので、果たして転移だったかどうかは、結論を出せません。この症例は、1回目は母親の腎臓をもらい、2回目の移植として尿管癌の症例が用いられたのですが、病理学的には悪性度の高い(G3部分が多くかつ扁平上皮化生が一部にある)もので、こういう高度悪性のものは移植に使用しない方がよい、という教訓となる症例だと思います。
まとめますと、癌の臓器が使用されたのは14例ですが、再発が生じたのは1例だけということになります。逆に言うと、「病理学的悪性度」が低いものは、腎癌でも尿管癌でも、移植しても再発は起こらない、ということです。
2)
ネフローゼ腎を移植された症例はどうなったのか?
次に問題とされたのは「ネフローゼ症候群」の腎臓を摘出したこと、それを移植に用いたことです。これは尿中に大量のタンパクが出て、そのために血液の浸透圧が低調となり、体内に水分が異常に溜まる(浮腫)症状を来す病気をひとくくりにして、そう呼んでいるので、原因が血液の側にあるものと、腎臓の側にあるものとに分かれます。
高度のネフローゼの場合は、肺に水が溜まって死んでしまいますから、腎臓を摘出して人工透析に移行するか、あるいは別の腎臓を移植するのが、世界的にも標準的な治療になっています。
宇和島で行われた腎臓摘出は、原因が患者の血液にあるケースが3例で、6個の腎臓が移植に用いられています。まずドナーの方ですが、1例は兄の腎臓を移植されて、6年4ヶ月今も元気に暮らしています。残りの2例も3年10ヶ月と2年2ヶ月経ちますが、どちらも生存中です。
次にレシピエントの方ですが、タンパク質がザーザーもれる状態の腎臓を移植されたのですから、それが新しい環境で自然に治癒するまでには何ヶ月もかかります。それを「術後1ヶ月しても尿にタンパクが出ているから、移植すべきでなかった」と言った学者がありますが、「創傷治癒」の病理学をまったく知らない発言だと思います。
なぜなら、6人のレシピエントは一人を除いて、最長6年4ヶ月、最短で2年2ヶ月社会復帰できて生存中だからです。残りの一人は、6年目にのどに悪性リンパ腫という血液癌の一種を合併してなくなりました。このタイプの癌は、腎臓移植に合併する癌としては、肝癌の次に多い癌で、別にネフローゼ腎を移植したためになったわけではなく、運が悪かったとしか言いようがありません。
以上の解析結果から、昨年の10月「病気腎移植」の存在が明るみに出たころ、移植学会の幹部たちが盛んに批判した「癌の臓器を移植すると癌が再発・転移する」とか、「ネフローゼ腎を移植しても役に立たない」とかという批判は、まったく当たっていないことが明らかとなりました。
3)次に検討すべき問題は、「病腎移植」は、健康腎移植、死体腎(献体腎)移植と比較して、どれだけ有効なのかという問題です。実は、これは解析が大変にやっかいなのです。
病腎移植を受けた患者は、すでに身内からの健康腎移植を何度も受けていて、それがダメになったために最後の手段として病腎を移植した、というケースが圧倒的多数なのです。最初から病腎を移植されたケースは全体の1/4しかありません。中には3回め、4回めに病腎が移植されたケースもあります。
ご承知のように移植を重ねると、臓器に対する抗体が出来てくるために、拒絶反応が起きやすくなります。だから、これだけレシピエントの移植歴が複雑だと、第一の道である死体腎移植、第二の道である健康腎移植との成績比較が難しくなるのです。
「腎移植は15年待ち」といわれるように、大部分の人は1回しか移植のチャンスがありません。病腎移植がそれを提供できるなら、間違いなく「第三の道」になる可能性があります。
そこで数は少ないのですが、初回移植に病腎が用いられた10例についてまず生着率、生存率を見てみることにしました。結果は、生着率については、1年で75%、3年で67%、5年で60%、10年で50%、15年で33%となり、生存率については、1年で100%、3年で86%、5年で67%、10年で50%、15年で33%となります。
何しろ症例数が少ないので、比較にあまり意味がありませんが、参考までに生着率について移植学会が公表しているデータと比較してみました。病腎移植の件数は36件ですが、そのうち2度病腎移植を受けた患者がいますので、実例数としては34例です。実際はこの人たちはその前に健康腎移植を受けていますから、腎移植によって命が延びた期間はもっと長いのですが、ここでは最後の病腎移植を受け手からの生存率を計算して、他のデータと比較してみました。
1年生存率は96%で非常に良く、5年生存率も70%で死体腎移植に匹敵する成績となっていますが、10年、15年となると急速に生存率が下がっています。これは移植された患者の平均年齢が49.5歳である、という特殊事情を考慮する必要があります。普通の移植は臓器の生着が起きやすい、もっと若い年齢の患者に行われています。
V.
結論:「病腎移植」は医学的にどう評価されるか?
以上、私は一人の病理学者として、「瀬戸内グループ」により91年から06年にかけて行われた36件34症例の病腎移植データを、冷静に分析し、その結果を明らかにしてきました。その結果、データから見えてきたことがいくつかあります。
1)「病腎移植」は偶然に生まれた「大発見」である
まず第一は、メディア報道ではまるで「瀬戸内グループ」というマフィアのような組織があって、それが秘密裏に病腎移植という許されない医療行為をやっていた、という印象を受けるのですが、実際にはそういう組織は存在しない。
実際には、91年に良性疾患である腎動脈瘤の腎臓が75歳男性から、透析中で健康腎移植のチャンスがない44歳の男性に対して、呉共済病院で初めて行われ、それがうまく行ったので、それが同級生だったり兄弟だったりして顔見知りの泌尿器科医に伝わり、90年代の半ばから、2回目以後の移植に腎癌や尿管癌が利用されるようになった。これらの経験を通じて、癌の症例を移植しても基本的に問題がないと認識できたので、06年の9月になって初めて、初回移植に癌の腎臓が利用された、ということがわかりました。これは香川労災側がドナーとなり、宇和島徳洲会病院で70歳近い女性に移植されています。
つまり初回の良性腎移植から、初回に腎癌の症例を移植するに踏み切るまでに15年かかっているわけで、もし移植マニアの「狂った医師集団」がいて、計画的に人体実験をしたのであれば、こんなに年数がかかるはずがありません。だから「瀬戸内グループ」という組織の存在も、一貫した計画性もありません。それはメディアが作り出した虚構です。
彼らは毎日、目の前で苦しんでいる患者さんを、何とかして助けようという診療のなかで、「よりベターな方法を」と考え抜き、自然発生的に「病気の腎臓を何とか再利用できないか?」というアイデアに到達したのだ、と考えられます。
残念なのは、診療に忙殺されていて、病腎移植の例についてきちんと記録したり、集計したりすることがぜんぜん出来ていなかったことです。しかし、それについては今回の私の集計とデータ解析により、ほぼ全貌が明らかになったと思います。
彼らの試行錯誤の診療のなかから、「病腎移植」という新しいアイデアが偶然に生み出されました。これは今まで誰も考えつかなかった新しい発見です。そういう発見をセレンディピティーといいます。
すでに見てきたように、病腎移植の34例の成績は、健康腎移植には劣りますが、死体腎移植には匹敵しています。
2)「病腎移植」の普及こそ、臓器移植に対する国民感情を変えるチャンス
日本では推定で年間1万件の腎摘出が行われています。そのうち2割は、移植に使えるだろうと言われています。もし、この「病腎移植」というアイデアが、日本の腎移植に活かされるようになると、5年間で病腎をあげた人が1万人、もらった人が1万人、合わせて2万人の人が、それについて語るようになります。これが死体腎移植との大きな違いです。死者は語りません。
死体腎をもらったという話は、今の日本では広言できないでしょう。しかし、病腎なら誰かが死ぬのを前提にした話でもなく、誰か健康な人を傷つけた話でもない。不要なものをもらって、リサイクルした話ですから、あげた患者ももらった人も、堂々とその話を口にできるのです。つまり、歩く広告塔が2万人も出現することになります。そうなったら、貴方の身近にもそういう人がいるようになり、「臓器移植」というものについて実地の体験談を耳にすることができるようになります。
その時になって、はじめて大部分の人は、これまで反発していた臓器移植というものに対する感情的が変わるのです。死体からの臓器移植を増やすには、まず何よりも国民感情が変わらないとダメなのです。
「病腎移植」は、この国民感情を変える上でも、大きな効果が予想されます。
これを「学会への報告がなかった」、「癌が再発・転移する恐れがある」などと難癖をつけて否定しようとするのは、大きな間違いです。そういう移植医は、自分で自分の首を絞めているのに気づいていないのです。
もし、「病腎移植」の普及以外に、日本における移植用臓器の提供を飛躍的に増加させる妙案があるというのなら、どういう方法があるのか、移植学会は建設的な対案を示すべきでしょう。(終わり)
(この講演要旨は、徳洲新聞向けに難波先生が自ら書かれたものです。表は紙数の関係で割愛させていただきました。なお、藤田先生の講演要旨は次号でご紹介したいと思います)
カンパのお願い<事務局から>
講演会の開催や会報の発送その他で、会の運営費がピンチになっています。会費の納入は1月末現在、850人の入会申込者のうち、約150人です。1家族1人としても入会申込者は650人前後ありますが、大半が賛助会員となっています。
賛助会員の方には一人でも多く、会員になっていただければと思います。また会員の方には、ご無理を申しますが、一口2、000円でカンパをお願いできれば幸甚です。
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会報第2号 2007 年 1月9日(火) 発 行 |
発行者 移植への理解を求める会 代 表 向田 陽二 〒798-4101愛南町御荘菊川2290
電話0865-72-0512 編集者 幹 事
〒791-8006松山市安城寺町1746-8
電話089-978-5434 発行所 事務局 河野 和博
〒790-0925松山市鷹子町928−2 電話089-970-3943 |